« 小雨の夏祭り | トップページ | ウコンの花 »

2009年8月15日 (土)

コメントの続き

新居浜市内の商業施設の現状と過去の変遷についてふり返りませんか・・
現在の量販店(イオンや食品スーパー・DIY店だけでなく全国チェーンの小売店)と地元の小売店・商店街のこれまでと、これからです。

私の実家も総合スーパーを経営していました。下駄屋から転業したのは昭和34年です。旧大型店舗法時代の第2種大型店舗でした。昭和59年に店を閉めましたが、私も終わりの3年間、店長として経営に関わりました・・いろんなことを教わりました。地域から、業界の方々から、そしてお客様から・・・

我家が総合スーパー(個人経営の単独店でした)を営んだ四半世紀の間に新居浜市内はもちろんですが、日本の小売業、商品流通は大きく変化しました。昭和59年以降の四半世紀の変化はそれ以上とも言えます。新居浜市内の大型量販店だけでもダイエー、ニチイが消えました。小売店や商店街の有り様は新居浜市民皆さんが目にしたとおりです。「栄枯盛衰は世の常」と言えばそれまでですが・・生活の基盤である職場の栄枯盛衰は経済論理だけでは語れません。

自分の生活史の中で小売業の変遷はウエートが大きい。

駅前の施設建設に話を戻します。今回コメントをいただいた商業施設の区画と駅舎を挟んで東に位置する芸術文化複合施設予定地があります。この複合施設建設計画案に前回、民間資本活用によるホテル併設案が発表されました。「あーあ」さんはご存じでしたか・・? 私はこのホテル併設計画について批判する立場をとりました。理由を一言で言えば「民業圧迫」です。ホテル部分は民間資本だから云々は違うと私は受け取りました。また、現在の新居浜市内のホテル業の状況を見て・・なぜ行政が新たなホテルの誘致を事業としてしなければならないのかが疑問だから批判する立場をとりました。

現実にその後の駅前の状況が私の恐れたとおりでした。駅前にあったホテル2軒と旅館1軒が区画整理の移転とともに廃業・転業したのですから・・・

新居浜に都市計画はあるのだろうか・・・新居浜市に戻った30年前に私自身が持った疑問です。25年経って、市議会議員の立場になった現在、疑問を投げかけるだけでは責務を果たしたことにはならなくなりました。新居浜の街のデザインを語らないといけない立場です。街のデザインにはハードとソフトが必要です。ソフトはようやく語れるようになったかな・・えんとつ山プロジェクトがそのひとつです。でもまだ足りません・・・ハード(都市計画)もソフトも一人でかけるものではありません。えんとつ山プロジェクトにしても何人ものメンバーの知恵と試行錯誤の活動の成果です。もっと多くの市民の方の知恵をお借りしないと形にならないのでしょう。市民の思いと千人を超える市役所職員の思いのベクトルが重なれば越えなければならないハードルはとても低くなるのでしょうね・・

|

« 小雨の夏祭り | トップページ | ウコンの花 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 小雨の夏祭り | トップページ | ウコンの花 »